Created in Canva
知己 2026/6/30発行 発行:栃木県日中友好協会青年部 河内郡上三川町大字 ゆうきが丘12-6 0285-52-1588 栃木県 日中友好協会 会報誌 第8号 栃木県国際交流員 邱奕妍(キュウエキケン)さん歓迎会 5月23日、栃木県国際交流員として着任された 邱奕妍 さんの歓迎会が開催さ れました。当日は関係者が集い、新たな門出を祝福するとともに、今後の国際交流 活動への期待を共有しました。参加者は交流を深めながら親睦を図り、温かな雰 囲気の中で歓迎の意を表しました。邱さんの今後の活躍が期待されます。 栃木県日中友好協会の皆様 はじめまして。你们好! 2026年4月より、栃木県の国際交流員として勤務する 邱奕妍(キュウ エキケン)と申します。出身は中国南部の江西省です。江西省 は、栃木県の友好提携先である浙江省の隣に位置しており、景徳鎮の陶磁器や ネーブルオレンジの名産地として知られています。 大学で日本語を学んだことをきっかけに、これまで愛知県や石川県を訪れる機 会に恵まれました。各地で文化交流イベントに参加し、地域の方々と触れ合う中 で、異文化交流の楽しさを実感しました。 また、私は言語教育に深い関心を持っており、これまでアメリカ および中国・浙江省の大学において、中国語教育や国際交流 に関わる業務に携わってまいりました。さらに、日本人の方を対 象にビジネス中国語の指導を行った経験もあります。 趣味はバドミントンとカラオケで、中国料理を作ることも得意で す。日本では特に温泉に入ることが大好きです。 今後、皆様と交流できることを楽しみにしております。どうぞよ ろしくお願いいたします。 栃木県国際交流員の送別会を開催 栃木県で活躍された国際交流員 秦長志さん の送別会が開催されました。当日は関係者が集ま り、これまでの活動を振り返るとともに、感謝の気 持ちを伝えました。参加者からは思い出やエピソ ードが語られ、終始和やかな雰囲気の中で親睦を 深めました。今後のさらなる活躍を願いながら、温 かな送別のひとときとなりました。 1年間ありがとうございました。お疲れさまでし た。太辛苦了!再⻅!
文星芸術大学ローターアクトクラブ新入生歓迎交流会では、新入生 や在学生に加え、地域住民や留学生らが参加し、餃子・たこ焼き作 りやゲームを通じて親睦を深めた。日本語・英語・中国語が飛び交 う国際色豊かな交流の場となり、多くの参加者が新たなつながりを 築く機会となった。 あとがきを添えてお花見会には留学生も多数参加し、世代や国籍を超えた交流の場と なった。参加者からは「新しい友人ができた」「異文化への理解が深 まった」といった声が聞かれた。桜を眺めながら交流することで相 互理解が促進され、地域における国際交流の大切さを再確認する機 会となった。今後も継続的な交流活動が期待されている。 協会活動報告 第3回栃木県日中卓球交流会開催決定 恒例行事となりました「栃木県日中卓球交流会」が 9月12日(土)に開催されます。奮ってご参加くださ い! 女性委員会によるお花見会 (2026/4/18) ローターアクトクラブ新入生歓迎会 (2026/4/8)文星芸術大学においてローターアクトクラブの新入生歓迎会が開 催されました。歓迎会ではクラブ活動の紹介が行われたほか、参加 者同士の交流の機会が設けられました。新入生たちは先輩会員との 会話を通じてクラブへの理解を深め、和やかな雰囲気の中で親睦を 図りました。今後の活動への期待が高まる歓迎会となりました。宇都宮大学まなびの森保育園において、栃木県日中友好協会女 性委員会主催の「春のお花見会」が開催された。当日は好天の中 会員や留学生らが交流を深めた。参加者は春の訪れを感じながら 歓談を楽しみ、日本と中国の文化や日常生活について意見交換を 行うなど、和やかな雰囲気の中で親睦を深めた。。 こちらは栃木日中友好協会新設サイトの QRコードです。「知己」に載せきれない詳細 な情報はこちらからご覧ください。お問合 せや掲載依頼も随時受け付けております! FAX:0285ー52ー1588 E-mail:tochiginichu.jimukyoku@gmail.com 栃木県日中友好協会会報誌 知己 令和8年6月30日 第8号 栃木県日中友好協会事務局 連絡先 突然ですが、最近、綿矢りさ著『パッキパキ北京』を読み ました。中国で生活した経験のある日本人なら思わず「ある ある!」と頷いてしまう場面が数多く描かれており、主人 公・菖蒲姉さんの視点を通して、中国の日常や人々の魅力が コミカルに表現されています。中国出身の方はもちろん、中 国に興味のある方にも楽しめる一冊です。読み終えた頃に は、きっと中国の街並みや人々が恋しくなることでしょう。 機会があれば、ぜひ手に取ってみてください。(青年部:加藤 かれん)
浙江の知己より 栃木県日中友好協会会報誌 知己 令和8年6月30日 第8号 浙江に住む人、学ぶ人、働く人。 我らが知己たちは中国で様々に活躍しています。 彼らの語る中国を聞いて、現地に想いを馳せましょう。 安徽で感じた中国の原風景安徽で感じた中国の原風景安徽で感じた中国の原風景昨年、家族と⼀緒に安徽省宣城市を訪れる機会がありました。そこ で印象に残ったのが、「査済(させい)古村」と「桃花潭」です。 査済古村は、中国でも⽐較的保存状態の良い古い村落の⼀つとして知 られています。村の中には⻘い⽡と⽩壁の伝統的な建物が数多く残さ れており、まるで昔の時代に迷い込んだような気分になります。 ↑橋 の 下 で 洗 濯 を し て い る 年 配 の ⼥ 性 が 写 っ て い る 。 都 市 化 が 急 速 に 進 む 中 国 に お い て も 、 こ の 村 に は 昔 か ら 変 わ ら な い ⽣ 活 の リ ズ ム が 残 さ れ て お り 、 ど こ か 懐 か し く 穏 や か な 空 気 が 流 れ て い る 。 しかし、そこは単なる観光 地ではありません。今でも 多くの⼈々が実際に⽣活し ており、古い建築の中で現 代の⽇常が続いています。 ⼀⾒すると不思議な組み合 わせに思えるかもしれませ んが、実際に歩いてみる と、それがごく⾃然な⾵景 として溶け込んでいること に気付きます。村の祠堂(しどう)は⾮常に印象的。⻑い年⽉を経た⽊材 には歴史の重みが刻まれている。時空を超え、まるで何百年 も前の⼈々と共存しているような不思議な感覚を覚える。 桃 花 潭 を 訪 れ ま し た が 、 正 直 な と こ ろ 景 ⾊ そ の も の は 想 像 し て い た ほ ど の 迫 ⼒ は あ り ま せ ん で し た 。 も ち ろ ん 静 か で 美 し い 場 所 で は あ り ま す が 、 中 国 に は 壮 ⼤ な ⾃ 然 景 観 が 数 多 く 存 在 す る た め 、 ⾒ た ⽬ だ け で ⾔ え ば 特 別 ⽬ ⽴ つ 場 所 で は な い か も し れ ま せ ん 。 し か し 、 実 際 に 訪 れ て み て 感 じ た の は 、 桃 花 潭 の 魅 ⼒ は 景 ⾊ そ の も の で は な く 、 そ の 場 所 が 持 つ ⽂ 化 的 な 意 味 に あ る と い う こ と で し た 。
また、⻄湖は想像以上に広く、 まだ⼩さかった私にとってはか なりの⻑距離でした。すぐに歩 き疲れてしまったため、両親は レンタサイクルを借りて湖畔を 回ることにしました。しかし、 ⼦どもだった私はそれにもすぐ 飽きてしまい、近くの公園で遊 びたいと⾔い出しました。休⽇の午後だったこともあり、公園には多くの地元の⽅々がいました。ベンチに座っ てゆっくり過ごすお年寄りや、散歩を楽しむ⼈々など、皆が穏やかで落ち着いた時間 を過ごしていました。そんな⾵景の中で⾛り回る私だけが、少し場違いなほど元気だ ったように思います。 李嘉昱(リカイク)さん プロフィール 栃木県日中友好協会会報誌 知己 令和8年6月30日 第8号周囲の穏やかな雰囲気のおかげだったのか、それとも杭州という⼟地の持つ不思議な魅⼒だったのかもしれません。しかし私にと って杭州は、「初めて⾃転⾞に乗れるようになった場所」として今でも特別な思い出の地になっています。 その後も何度か杭州を訪れる機会がありました。年齢を重ねるにつれて、⼦どもの頃には気付かなかった杭州の魅⼒を少しずつ理 解できるようになりました。⻄湖は単なる観光地ではなく、岳王廟や雷峰塔、断橋にまつわる伝説など、歴史や⽂化が今も⼈々の⽣ 活の中に息づいている場所です。特に⺠間伝承や伝統⽂化が⾃然に残されている雰囲気は、国際都市として発展してきた上海とはま た異なる魅⼒があります。 ⼦どもの頃は景⾊よりもお菓⼦や遊びに夢中でしたが、⼤⼈になった今では、杭州の持つ穏やかな空気や⽂化の奥深さに惹かれる ようになりました。杭州は私にとって、成⻑とともに⾒え⽅が変わっていった特別な場所の⼀つです。 中国人留学生が振り返る、杭州での思い出中国人留学生が振り返る、杭州での思い出中国人留学生が振り返る、杭州での思い出 李嘉昱(リカイク)と申します。中国・上海市の出⾝です。 2018年に宇都宮⼤学へ⼊学し、現在まで建築を学んでいます。気が付けば宇都宮で の⽣活も8年⽬になりました。現在は宇都宮⼤学中国留学⽣学友会の会⻑として、中 国⼈留学⽣と地域の皆様、⽇本⼈学⽣との交流活動にも積極的に取り組んでいます。 宇都宮は私にとって第⼆の故郷のような存在で、落ち着いた雰囲気がありながら、必 要な賑わいもあり、少し⾜を延ばせば豊かな⾃然にも触れられます。その居⼼地の良 さがとても気に⼊っています。 中 国 で 育 っ た ⼈ で あ れ ば 、 多 く の ⼈ が ⼦ ど も の 頃 に 李 ⽩ の 詩 を 学 ん だ 経 験 が あ る と 思 い ま す 。 私 も そ の ⼀ ⼈ で す 。 そ の た め 、 教 科 書 の 中 で し か 知 ら な か っ た ﹁ 桃 花 潭 ﹂ と い う 場 所 に 実 際 に ⽴ っ た 時 、 不 思 議 な 親 し み と 感 動 を 覚 え ま し た 。 ⼦ ど も の 頃 の 私 に と っ て 、 詩 は 暗 記 し な け れ ば な ら な い ⽂ 章 の ⼀ つ に 過 ぎ ま せ ん で し た 。 し か し ⼤ ⼈ に な っ て か ら 実 際 に そ の 場 所 を 訪 れ て み る と 、 歴 史 や ⽂ 学 が 急 に ⾝ 近 な も の に 感 じ ら れ ま す 。 ⽬ の 前 に 広 が る 穏 や か な 景 ⾊ を 眺 め な が ら 、 ﹁ 千 年 以 上 前 の 李 ⽩ も 同 じ ⾵ 景 を ⾒ て い た の だ ろ う か ﹂ と ⾃ 然 に 想 像 し て し ま い ま し た 。 そ の 瞬 間 、 教 科 書 の 中 の ⽂ 字 と 現 実 の ⾵ 景 が ⼀ つ に つ な が っ た よ う な 気 が し ま し た 。 だ か ら こ そ 、 私 に と っ て 桃 花 潭 の 価 値 は 景 ⾊ そ の も の で は な く 、 多 く の 中 国 ⼈ が 共 有 す る ⽂ 化 的 な 記 憶 が 今 も 息 づ い て い る こ と に あ る の だ と 思 い ま す 。 ま た 、 桃 花 潭 に は 有 名 な 逸 話 が あ り ま す 。 汪 倫 が 李 ⽩ を 招 い た 際 、 ﹁ こ こ に は ⼗ ⾥ に わ た る 桃 の 花 が あ り ま す ﹂ と 伝 え た そ う で す 。 李 ⽩ は そ れ を 聞 い て 喜 ん で 訪 れ ま し た が 、 実 際 に は ﹁ 桃 花 ﹂ は 花 の 名 前 で は な く 潭 の 名 前 だ っ た と い う 話 が 残 っ て い ま す 。 も っ と も 、 現 在 の 桃 花 潭 に は 実 際 に 桃 の ⽊ も 植 え ら れ て お り 、 千 年 以 上 の 時 を 経 て 、 そ の ⼩ さ な 冗 談 が 本 当 に 実 現 し た よ う に も 感 じ ら れ ま し た 。 現 地 で は 桃 花 酒 も 味 わ い ま し た 。 ほ の か な ⽢ み と ⾹ り が 印 象 的 で 、 と て も 飲 み や す い お 酒 で し た 。 そ の 後 、 汪 倫 の 墓 に も ⽴ ち 寄 り 、 静 か に ⼿ を 合 わ せ ま し た 。 短 い 滞 在 で は あ り ま し た が 、 ⽬ の 前 の ⾵ 景 と 、 そ こ に 残 さ れ た 詩 や 友 情 の 物 語 に 触 れ る こ と で 、 こ の ⼟ 地 の 歴 史 や ⽂ 化 を よ り ⾝ 近 に 感 じ る こ と が で き ま し た 。 桃 花 潭 は 、 私 に と っ て ﹁ ⾵ 景 を ⾒ る 場 所 ﹂ と い う よ り も 、 ﹁ 中 国 ⽂ 化 の 奥 深 さ を 改 め て 感 じ る 場 所 ﹂ と し て ⼼ に 残 っ て い ま す 。そこで両親は、何度も失敗していた⾃転⾞の練習をもう⼀度させてみることにし ました。そして不思議なことに、その⽇初めて補助輪なしでまっすぐ⾃転⾞に乗 ることができたのです。なぜその⽇に成功したのかは今でも分かりませんが、⼩学⽣の頃に杭州に家族 旅⾏で初めて訪れた時の思 い出です。断橋や雷峰塔な ど、有名な観光地も巡りま したが、正直なところ、そ の頃の私は歴史や⽂化には あまり興味が無く、むしろ ⻄湖の遊覧船乗り場近くで 売られていた「⻄湖藕粉」 の⽅がずっと魅⼒的だった ことを覚えています。 汪倫の墓 桃花潭